パンデミックの世界になり、世界は一気にリモートワークスタイルのビジネスが定着しました。中でもSaaS(Software as a Service)と言われるビジネスモデルが急激に需要を伸ばしており、B2CであればNetflixやHuluといったストリーミングサービス、B2BであればMicrosoft 365といった業務型ビジネスアプリケーション等がこれに当たります。
SaaSの基本的な考え方は
利用料を支払えば、そのサービスを常に最新の状態で利用できる
というものになります。レンタル、リースといったビジネスモデルに似ていますが、SaaSは利用環境に実物を伴わないため、物質的な劣化が発生せず、そのサービスを使うほど提供企業にデータ(ノウハウ)が溜まり、サービスの質がどんどん向上していくところに特徴があります。
私自身SaaSビジネスの専門家ではないですが、個人的にNetflixやMicrosoft 365、Power BI Proといったサービスを使っていることもあり、サービスの収益モデルやKPI等に対して興味を持っています。そこでこれから複数回にわたり、SaaSビジネスをPower BIで可視化するためのKPIの構築や考え方等について見ていきたいと思います。
収益モデルの理解
SaaSの収益モデルは非常に単純明快で、利用者が増えるほど、安定的に売上が高まっていきます。ただし、そのための前提として
- 提供サービスが魅力的であること
- コンバージョン(見込顧客 → 新規顧客)レートの最大化
- チャーンレート(離反率 or 解約率)の最小化
=リテンションレート(サービスの継続率 or 定着率)の最大化
=顧客粘着率という概念の重要性 - サービスプランの多様化(スタンダード → プレミアム等へのアドオン)
といった条件やメトリクス(指標)を考慮していく必要があります。上記項目を説明するための分かりやすい例が携帯電話のビジネスモデルになります。
"提供サービスが魅力的かどうか"については、月額使用料が魅力かどうか、通話や通信の品質が担保されているかどうか、同キャリアの他のサービスとの割引があるかどうか、等多くのポイントが挙げられると思います。
(格安SIM以外)通話・通信品質で差別化を行うことが難しいため、携帯キャリアは月額使用料で差別化せざるを得ず、より多くの潜在顧客を”コンバージョン”させるため、ゼロ円携帯と言われるものが出てきました。
申込後の”チャーンレートの最小化”(MNP*1の阻止)を図るため、SIMロックや2年縛り等の制約を付けて、携帯料金が他の国よりも高いと批判を受け、政府による指導が入ったわけですが、"サービスプランの多様化"により、月額使用料が顧客自身で選べるようになり、今後5Gの普及が高まってきた場合、通常の使用料にプレミアム価格が上乗せされるかもしれません。
※ 実際のところ、私は某通信キャリアの基地局の設備評価を担当したことがあり、皆さんが安心して便利に携帯電話で通話・通信を使用できるよう、通信設備のアップグレード(2G→3G、3G→4G等)、それにかかわる設備投資等について見てきているので、携帯料金の高止まりについてはある程度仕方がないと認識しています
ただ、通信キャリアのビジネスモデル = SaaSかというと、殆ど聞いたことがありません。どちらかというと、インフラ・ビジネスであるがゆえに、なくてはならないもの、かつ、差別化が非常に難しいものであると思います。ゆえに、本来のSaaSビジネスはこれに当てはまらないというのが私の認識です。
ダミーデータ
Power BIでSaaSビジネスを分析してみる、というのが本来の目的ですが、ダミーデータが必要になります。SaaSビジネスのダミーデータはプライシング(月額利用料)が固定であることが多いため、金額を作ること自体難しくはないのですが、いろいろと細かいところに気を配る必要があります。SaaSビジネスの必要項目をベースにどのようなデータが必要かを考えて作ったのが、下図です。
図はExcelのPivotで集計した結果ですが、以下その前提条件です。
- 収益化の観測期間は12ヶ月
- 料金プラン:Standard(1,090円/月)とPremium(2,170円/月)の2つ
- 価格:プラン別価格のみ、ボリュームディスカウントなし、税抜価格
- ユーザーID: 一度退会したIDは2度と使用されない
- プラン推移:StandardからPremiumへのアップグレードを想定。但し、PremiumからStandardへのダウングレードを想定しない
※現実世界では間違いなく起こり得る - 全てのユーザーは有料サービスを利用する前に2ヶ月間のトライアル期間がある
- トライアル期間の直後に”有料会員となる” or ”無料会員のまま”というシナリオだけを考慮
- 新規顧客は必ずStandardプランからスタートする
このような前提条件で結果を簡単に可視化したのが上記Pivotですが、ダミーデータは全てPower Queryだけで完結させています。DAXだけでも作ることは可能ですが、やはりPower Queryのほうがステップごとに確認できるので、ダミーデータの生成はPower Queryで作ることが無難です。
なお、Power Queryクエリは以下のようなイメージ。
Salesテーブル
DimCustomerテーブル
これらのテーブルを使って、次に説明する「各種指標」をDAXで作っていきます。
各種指標
SaaSビジネスを分析する上で基本となる指標は複数あります。ネットを調べれば沢山出てきますが、重要なことはベースとなる指標を確実に理解し、そこから作られる応用指標をうまく組み込んで検証を繰り返すことです。
資産効率性等の分析に例えるなら、ベース指標が[売上高]、[売上原価]、[粗利益率]、[在庫高]等であり、応用指標が時系列分析用メジャー、[在庫回転率]、[粗利益対在庫高](GMROI = Gross Margin Return on Investment)等が挙げられます。これに対して、SaaSビジネスの場合、ベース指標は[顧客数]、[MRR](Monthly Recurring Revenue)、[新規MRR]等、KPIとして重要なのは[コンバージョンレート]や[リテンションレート](顧客ベース or 収益ベース)等となります。
MRR概念図
MRRは顧客から得られる月次売上ですが、SaaSビジネスではそれを既存・新規・ロスト等に分解し、さらに顧客と金額別に分けて見ていきます(上図は金額ベース)。分解していく中で、事業が成長しているかどうか、新規顧客を獲得するために費やしたコストをカバーできているかどうか、顧客が提供サービスに対して満足しているかどうか(=チャーンレート(離反率)の推移がどうなっているのか)等、様々な側面からデータを分析していくことでビジネスの”将来像”が見えてきます。
その中で、ビジネスが順調に進んでいない場合、どのような打ち手を行うべきかを考えていく、事前に将来発生し得るリスクをコントロールすることで、将来に対する予測を行う、といったことができるようになります。
これらのことを実現するためにはツールを有効活用する必要があり、Power BIやExcel Power Pivot等のBIツールが役に立ちます。次回はモデリング及び指標を実際に作るところを見ていきたいと思います。
次回は下記より